ご自分が亡くなった後に,親しい身内である相続人の方々が争わないように遺言書を残されている方は多いかと思います。しかし,万が一に備えて「遺言書」を書き遺していても,それが法的に無効・無意味であれば,遺言のない相続となってしまいます。せっかく遺言を準備しても,悲しい事態になりかねません。
そこで,今回から6回にわたって,無効な遺言を防ぐための留意点をご案内していこうと思います。今回は,「遺言の方式・手続 その1―自筆証書遺言を中心に」です。
文字で「遺言」と書いたとき,「ゆいごん」と読む場合と,「いごん」と読む場合があります。死後のために遺した言葉全般を「ゆいごん」,法律上の効果を目的として遺す意思表示を「いごん」と区別することが慣行です。
この「遺言(いごん)」については,民法に規定があり,「遺言(いごん)は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない。」とされています(960条)。つまり,民法所定の方式に従っていないと,遺言(いごん)とは認められないのです。
民法には,何種類かの方式が定められています。(1)自筆証書による遺言,(2)公正証書による遺言,(3)秘密証書による遺言が普通の方式として定められています(967条)。このほかに,死亡の危機にある人や伝染病で隔離中の人,船旅中の人,船で遭難した人のための特別方式が定められています(976条~979条)。
今回は(1)自筆証書による遺言(略して「自筆証書遺言」)について扱います。他の方式については,次回から遺言全般についての注意点をご紹介した後,最終回で扱います。
⑴ 自筆証書遺言とは,一言でまとめると,全部自分で書いた遺言です。本文,財産目録等の付属資料,氏名,日付のすべてを手書きし,押印することで遺言として完成します。なお,書く上での細かい注意点については次回以降でご案内します。
⑵ この方式によるメリットは,まず,自分一人だけで費用をかけずに書けるものであることです。紙と筆記具と印鑑セットと根気さえあれば,他には何もいらず,いつでもどこでも書けます。また,内容を他の人に秘密にしておくことができます。
⑶ デメリットは,まず,効力を生じないリスクが極めて大きいことです。形式面での問題を見落とし,方式違反で無効になってしまうことがあり得ます。内容面でも,全文を手書きしなければいけないため,言い回しの誤りや記載漏れによって意図したとおりの効力を発生させられなくなる可能性は高いでしょう。
また,自分一人で書けて内容を秘密にできることの裏返しとしてのリスクも存在します。ご遺族がどこにしまってあるのか分からない・そもそも存在するのかさえ分からないなど,遺言について伝わらないままになってしまうおそれがあります。
さらに,最初に見つけた人が内容が公になる前に書き足してしまったり,見つけた人に不利な遺言であれば隠してしまう可能性もあります。自筆ですから,筆跡鑑定でばれないかはともかく,書き足しは容易です。この遺言の隠匿,後からの変造に対処する制度としては,次に述べる「検認」という手続が民法に定められています(1004条)。
検認とは,遺言の保管者・発見者が家庭裁判所に手続開始を申し立て,相続人の立ち会いが許された期日に裁判官が遺言書の封を開けて内容・状態を確認し,その時点での形状・内容等を裁判所が記録して各相続人に通知する手続です。
自筆証書遺言のデメリット緩和のための制度ですが,検認期日時点での状態を保全するにとどまり,期日に出てこなくなってしまう紛失・隠匿や,期日前の加筆には対処できていません。また,遺言の有効・無効を診断してくれる手続ではないので,検認の手続を踏んでも結局は遺言として無効であることもあります。
逆に,この制度が自筆証書遺言の新たなデメリットにもなっています。自筆証書遺言の場合は原則として検認が義務となっており,怠ると過料を科されるおそれがあります(民法1004条,1005条)。さらに,必要な検認を経ていない自筆証書遺言では,不動産の名義変更や預金の解約に使えません。しかしながら,検認の申立ては,関係者の戸籍を集めて行わなければならず,費用のほかにも結構な手間がかかります。
⑴ 自書すべき範囲を緩和する法改正(民法968条2項)
平成31年1月に施行された法改正で,相続財産の目録部分については手書きしないことも可能になりました。パソコンで目録を作成したり,預金通帳のコピーや登記事項証明書を目録代わりに利用したりすることができるようになっています。ただ,手書きではない部分は,全頁にそれぞれ署名と押印をする必要があります(署名押印がないと方式違反での無効を招きます)。また,同じ1枚の紙の中に手書きでない部分と手書きしなければいけない本文とを混在させないことにも注意が必要です。
⑵ 遺言書の保管制度の新設(法務局における遺言書の保管等に関する法律)
法務局指定の余白を持たせたA4判様式で書かれた,封をしていない自筆証書遺言について,法務局で原本を保管してくれる制度が令和2年7月から始まりました。
この制度を利用する場合,原本が保管されるので,紛失・隠匿や変造を防げます。また,この制度を利用している場合には,前述の検認手続を経ることが不要となります。さらに,保管申請の受付時に,形式面で問題がないかの確認が行われるため,形式違反での無効を防ぐこともできます。
もっとも,確認されるのは形式面だけで,内容面の確認は行われません。内容面での問題を防ぎたいのであれば,作成前に弁護士にご相談されることをお勧めします。