相続法改正の押さえるべきポイントの第6回は,特別受益の持戻し免除の意思表示の推定(民法903条4項)です。
この制度は,令和元年7月1日から施行されており,この日よりも後に開始した相続について適用があります。
婚姻期間が20年以上の夫婦間において,亡くなられた方(被相続人)が配偶者に居住用建物又はその敷地を遺贈または贈与していた場合,その配偶者を保護するような相続を以前よりもスムーズに進めやすくなりました。
被相続人から,相続人が婚姻や養子縁組のため又は生計の資本として贈与を受けたり,遺贈を受けたりすることがあります。このような遺贈・贈与を「特別受益」といいます。
特別受益を受けた人(特別受益者)がいると,他の相続人としては相続時に分配する相続財産が減るため,不公平になってしまいます。
そこで,民法は,「特別受益の持戻し」をすることで,相続人間の不公平を計算上生じさせないようにしています。すなわち,相続人各自の相続分を計算する際,まず,相続財産には特別受益の額を加え(持戻し)ます。そして,特別受益者は,相続分から特別受益の額を控除した額を相続します(民法903条1項)。
【改正前】
相続人各自の相続分を計算する際,相続法改正前は,原則として,特別受益を持ち戻します。
例外的に,被相続人が「特別受益を持ち戻さないでよい」という意思表示(「特別受益の持戻し免除の意思表示」)を明示又は黙示にしていた場合,持戻しを免除します。
(ケース)
婚姻期間が20年以上の夫婦間において,夫が妻に居住用建物と敷地を生前贈与した後に亡くなった。しかし,夫は,遺言や何らかの書面等で特別受益の持戻し免除の意思表示を明示でしていない。 相続財産 :預貯金 4000万円,居住用建物とその敷地 3000万円 法定相続人:妻(法定相続分は3/4)・夫の弟(法定相続分は1/4)
(各相続人が相続する額) 本ケースでは,被相続人である夫が特別受益の持戻し免除の意思表示を明示でしていません。そのため,妻は,黙示の当該意思表示があったと認められなければ,相続法改正前の原則どおり特別受益の持戻しをして計算した額しか相続することができません。 相続財産:預貯金(4000万円)+居住用建物とその敷地(3000万円) 夫の弟 :相続財産(7000万円)×法定相続分(1/4)=1750万円 妻 :相続財産(7000万円)×法定相続分(3/4)-特別受益(3000万円)=2250万円 |
【改正後】
しかし,相続法改正後は,婚姻期間が20年以上の夫婦間において,被相続人が配偶者に居住用建物又はその敷地を遺贈又は贈与していた場合,その遺贈又は贈与については,原則として,被相続人が持戻し免除の意思表示をしたと推定されることになりました(「特別受益の持戻し免除の意思表示の推定」)。これにより,居住用建物又はその敷地を被相続人から譲り受けた配偶者は,その持ち戻しが免除された相続を以前よりもスムーズに進めやすくなりました。
例外的に,持戻し免除の意思表示の推定が覆された場合,特別受益を持ち戻して相続人各自の相続分を計算することになります。
(ケース)
上記と同様のケース
(各相続人が相続する額) 本ケースでは,被相続人である夫が特別受益の持戻し免除の意思表示を明示でしていません。しかし,妻は,当該意思表示があったという推定を覆されなければ,相続法改正後の原則どおり特別受益の持戻しをしないで計算した額を相続します。 持戻しの免除をして計算すると,各相続人が相続する額は次のようになります。 相続財産:預貯金(4000万円) 夫の弟 :相続財産(4000万円)×法定相続分(1/4)=1000万円 妻 :相続財産(4000万円)×法定相続分(3/4)=3000万円 |
相続法改正後も,特別受益の持戻し免除の意思表示により,遺留分(民法1042条)を侵害してはいけないことに留意する必要があるのは相続法改正前と同様です。
また,相続法改正により特別受益の持戻し免除の意思表示が推定されるとしても,どういった事情で推定が覆るのか,居住用建物に店舗兼居住用建物は含むのか等,希望する相続を実現するためには,様々な法的検討をすることが望ましいといえます。
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