前回の続きです。
亡A男の相続について、妻B女は前妻の子C女に言われるまま、C女に法定相続分相当の代償金を渡さなければならないのでしょうか……。
事 例 3
A男とB女は、夫婦共働きで家計は折半、家事はB女が9割負担でした。A男が資格試験等に挑戦するため仕事を辞めた期間が相当程度あり、その際は家計もローンの支払いもB女が一人で行い、苦労の多い結婚生活だったということです。
B女:「……そういえば、結婚した時も、夫は慰謝料を払って貯金が無いというから、マンションの頭金も私が出したのよ。だから、最初は共有にしようと思ってたけど、前の離婚であの人ローンで揉めたみたいで、共有を嫌がって。かといって、私も自分の会社の連帯保証人してたから、私の名義も怖いでしょ。だから、ローンも不動産名義も夫の単独名義にしたの。だから、あの人の名義なのは、形式上の話なのよ。やっぱり、ちゃんと共有名義にしておくか、いっそさっさと離婚して、半分取り戻しとけばよかったわ。」 弁護士:「旦那さんも、まさかこんなに貴女に負担をかけることになるとは思っていなかったでしょう。遺言さえ、書いていてくれれば違ったのですが……今はやれることをやりましょう。B女さんがA男さんの資産形成にかなり貢献をしたことは、B女さんの遺産の取り分を多くする重要な事実です。」 整理すると、B女とA男の生前の財産形成は以下のように行われていた。 ・マンション購入時の頭金500万円はB女が支払った。 ・A男とB女は共働きで、ローン、光熱費、生活費等の支払いのため、毎月同額を共有口座に入れていた。 ・A男が資格取得や留学、再就職活動等で仕事から離れていた期間が5年間あり、その期間はB女が家計やローンを少なくとも8割負担していた。 |
問題
マンションのローンの支払を半額以上負担していたこと等を理由にB女は遺産分割調停で主張できることがあるでしょうか。
回答
寄与分の主張を行うことが考えられます。
また、訴訟での解決も視野に入れられるのであれば、遺産の帰属問題として主張していくことも考えられます。
いずれの主張も、B女さんの取得可能な不動産の割合を増やし、C女への代償金を減らす、あるいはゼロとさせるために有効な主張となってきます。
解説
まず、寄与分とは、被相続人の遺産の形成に一躍買った相続人に関して、当該貢献に報いるため、上乗せで相続分を認める制度です。
被相続人の身分関係や親族関係からみて「通常期待される以上に被相続人の財産の維持や増加に貢献した相続人がいるときに」遺産分割で、その相続人の法定相続分に寄与した分の額を加算する制度です。
この「通常期待される以上に」というところがポイントになります。
例えば、B女さんが家庭内で家事を負担したことは、夫婦間の相互扶助(民法752条)の観点から「通常期待されている」活動であり、家事を9割行っていたとしても、そのことだけでは夫の遺産の維持・増加に貢献した(寄与がある)とはなかなか判断されません(B女や世の女性としては納得しがたいですが。)。
今回寄与として主張できるポイントは、A男とB女が共働きで得た収入で不動産を購入(ローンの支払)していたこと、頭金をB女が負担していたこと、A男が離職していた期間、B女の収入に頼った生活及びローンの支払がされていたことです(財産給付型の寄与)。
A男・B女のように完全に共働きでない場合であっても、例えば被相続人の妻が25年9カ月余りの婚姻期間中、12年9カ月稼働し、その間被相続人の収入の5分の1ないし2分の1程度の収入を得ていたが、婚姻期間中の財産が夫名義だったというような事例で寄与分を遺産の3分の1に相当する額と認められています(神戸家伊丹支審昭和62年9月7日)。
また、古い事案ですが、共働きの夫婦で、夫が退職金によって山林を買い受けた件について、購入資金が夫婦の一方の収入で購入された場合であっても、それが実現できたのは他方配偶者の寄与、後見があったとみるべきとし、妻の山林に対する寄与分を2分の1と認め、物件は共有に属していたもので、持分は各2分の1だったと認めるのが相当とし、共有持ち分の2分の1を遺産に属すると判断した事例があります。(福岡家庭裁判所昭和46年4月27日)。
財産給付型の寄与において、寄与分の割合等は評価が困難であり、事例判断になりますが、共働きの夫婦の相続において、相続人間に争いがある場合、配偶者の相続財産への寄与の主張は、残された配偶者が正当な相続分の主張をするために必須の論点になってくるかと思われます。
調停・審判の中で遺産の帰属について話し合いや結論を出すこともできます。
ただ、調停や審判は「証拠調べ」を行って結論を出すわけではなく、あくまで「話し合い」の結論であるため、「既判力」(一度裁判で決まったことは、後日別の裁判で争えず、別の裁判所も前の裁判で決まった内容に従った判断をしなくてはいけなくなるという、裁判所の判断を拘束する力。)という重要な効力が認められません。
せっかく調停でマンションの持ち分1/2のみ夫の遺産として遺産分割をしても、訴訟で改めて争われてしまい、マンションのすべてが夫の遺産と結論が出されてしまえば、調停の結論はひっくりかえってしまうことになります。
遺産の帰属を争う場合は、一挙解決という点を考えれば、民事訴訟(特定財産が被相続人の遺産に属するかどうかの確認を求める訴え)も視野に入れて戦っていく必要があるということになります。
もちろん、訴訟をすれば、費用や時間(結論がでるまで数年かかることがあります。)の面で負担が生じますし、紛争期間が長引くほど相手方との軋轢は大きなものになります。
事案や相手方の人柄、親族関係等から、「既判力」の獲得を重視するのではなく、調停の中で遺産の帰属についてもまとめて話してしまう方が、紛争の早期解決や紛争解決後の安定的な親族関係につながることもあります。
それらの複合的な判断は、問題を抱えられた場合は、是非弁護士事務所にご相談ください。
【参考書籍】
「裁判例に見る 特別受益・寄与分の実務」株式会社ぎょうせい
「家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務」日本加除出版株式会社
「遺産分割 実務マニュアル」東京弁護士会法友全期会相続実務研究会