前回は,法的に拘束力を持つ遺言内容の中でも特に重要な,死後の財産処分・遺産の配分に関することについてご紹介しました。今回は,遺言者の意思を反映するための仕組みという観点から,遺言の有効性に関して取り扱います。
民法975条で,2人以上の者が同一の証書で遺言をすることができないと規定されています。これは,1通の遺言に1人分の意思しか込められないようにすることで,他人の意思に左右されずに遺言者の意思が確実に示されるようにしています。そのため,たとえご夫婦であっても,2人が連名で遺言をすると無効になります。
内容的に独立していて遺言者だけの意思で記述されていると理解できるものであっても,形式的に共同遺言になっていると無効です。同じ1通の書類に書いてある以上は相互に干渉しあうものと評価できること,同じ書類に書いてあると自分だけ撤回することができなくなって意思の制限があるといえることが理由です。
ただ,共同遺言に当たるかは,裁判例に照らしても微妙な判断になりがちです。判例では,2人分の有効な遺言が4枚構成の共同遺言1通としてまとまっていた場合に,1~3枚目と4枚目とで分離でき,分離したそれぞれが単独で遺言としての形式を備えていたために有効としたものがあります。他方,内容的には1人分になっている状況でも,2人連名の形として書いてある以上は無効であるとしたものもあります。
結局のところ,複数人分の名前を1通に書かないようにすることが確実でしょう。
なお,お互いの遺言が内容的に関連する場合でも,別々の遺言書として作成していれば共同遺言にはなりません。例えば,お互いに「自分が死んだら全財産を相手に譲る」内容の遺言を1通ずつ作っても共同遺言には当たらず,(他の無効原因がなければ)有効です。
⑴ 遺言が遺言者の意思を反映するものである以上,「遺言者の意思」を有効に形成できること・その意思を表明できることが最低条件になります。そのため,遺言を作成する時に,遺言能力すなわち遺言の内容及び遺言の結果を理解するに足りるだけの能力を有していることが必要と規定されています(民法963条)。
それでは,どのような場合に,遺言能力があるといえるのでしょうか。
⑵ まず,年齢的な条件があります。
15歳未満では遺言ができません(民法961条)。これは,一般的な15歳未満の者には財産や身分に関する判断能力が十分に備わっていないと考えられることが理由とされています(15歳の根拠は,明治時代の結婚可能年齢に合わせたという説もあります)。
逆に言えば,15歳に達していれば未成年でも遺言はできます。遺言が意味を持つのは本人が死んでしまった後ですから,未成年者を保護するための行動制限はかかりません(民法962条)。
⑶ 次に,意思能力の問題があります。認知症などで有効に意思を示す能力が失われているような場合には,有効な遺言はできません。どのような場合に意思能力の問題で遺言能力が失われるかは,上述の年齢と違って一律の判断はできません。遺言者の死後に遺言能力が争われた裁判例では,一般的に,知能評価の結果などの精神医学的観点や,遺言内容の複雑性(本当に本人が理解して書ける内容か),動機・理由・人間関係といった間接的事情(事情を踏まえたときに本人の最終意思として合理的といえるか)からの総合評価がされています。
遺言の作成は本人の意思であることが必須なので,成年後見人や保佐人・補助人に補ってもらうこともできません。そのため,認知能力が怪しくなってきてから遺言を作ろうとしても,かえって争いの元です。70歳を過ぎてから遺言の作成を考え出す人が多いようですが,より早いうちに遺言を作っておくことをお勧めします。
遺言も意思を表示するものですから,意思表示一般に関する民法の規定が及びます。そのため,意思の瑕疵があると,有効性に問題が生じます。
すなわち,①他人から故意に騙されたうえで,誤解に基づいて遺言をした場合(詐欺による場合。民法96条1項),②不法な目的・手段のもとに脅され,畏怖したことに基づいて遺言をした場合(脅迫による場合。同条同項),③言い間違い・書き間違いにより,重要な点について表現と意図が対応していない場合(意思不存在型錯誤の場合。民法95条1項1号),④基礎になっていると表示されている事情について重大な誤解がある場合(表示のある基礎事情の錯誤の場合。民法95条1項2号,同条2項)は取消しを求められるものになります(方法については後述します)。なお,令和2年4月1日よりも前に作られた遺言であれば,改正前規定が適用されるため,③・④の場合,取消しではなく無効の確認を求めることになります。
⑴ 作る際の対策
意思が反映されていない遺言を作らないための対策としては,公正証書遺言にすることが挙げられます。少なくとも公証人の目に触れるため,共同遺言になっていれば解消を求められます。また,遺言能力や真意の確認が行われるため,これらの点で問題が起こることも回避できます。
ただ,公正証書遺言は,文面まで公証人が考えてくれるものではありません。原案は自分で用意する必要があります。公証役場に行く前に,弁護士などの専門家に相談して事前確認を図ることや,文案作成を依頼することが有効です。
⑵ 作った後の対策
意思が反映されていない遺言を作ってしまった場合でも,遺言能力がない状態に陥っていなければ,新たに遺言を作ることで対処可能です。民法1022条により,前にした遺言を後の遺言で撤回できることになっています。
もっとも,遺言をした際に陥っていた勘違いや騙される・脅されるなどした影響が解消できていないと,正常な意思で遺言を作れません。この遺言で正しいのかと不安に思った段階で,専門家などに相談することをお勧めします。
⑶ 作られた側の対策
遺言能力や意思の瑕疵の点で問題がありそうな遺言が残ったまま遺言者が亡くなってしまった場合,相続人その他の利害関係人には,調停又は訴訟で遺言の効力が無いことを確認する手続をとることが考えられます。
遺言能力を問題にする場合は,介護記録・医療記録の取り寄せをして精神医学的観点からの問題性を探ることや,内容の複雑性や間接的事情に対する法的評価を検討することが手続での主張内容の基礎になります。
弊所では,令和3年9月から,遺言無効確認の事前調査サービスを新プランとして提供しております。精神医学的観点の問題が見込まれれば,介護認定調査票,介護記録,医療記録の取り寄せを行います。また,別人の関与による遺言が疑われて筆跡鑑定を行うべきであれば鑑定業者を紹介します。これらの分析結果を検討し,訴訟を起こすか他の解決方法を選択するかの提案を行います。
遺言が正しく作られたものかどうかに疑いがある場合,ご相談ください。