今回は、常総支所の弁護士をしている野田からコラムを発信します。
定期的に開催している士業勉強会で、参加者の皆様の反応が良かったものや、掘り下げたいものをテーマとします。
今回は、相続放棄(民法938条)をした後に発生する問題についてお話します。
それでは,事例で考えていきましょう。
事例
「叔父亡A男の相続人として,空き屋を管理しろと役所から通知が来た」として,C太が弁護士事務所を訪れました。
人物関係を聞き取ると,下図のとおりとなりました。
亡A男には、別居して数年経つ妻子がいましたが,孫はおらず,亡A男の親、祖父母等も既に他界していました。
亡A男の兄弟姉妹は姉のB美一人でしたが,B美は亡A男が亡くなる前に病気で亡くなっていました。
B美の一人息子であるC太が今回の相談者です。
役所の説明では,亡A男の妻子は相続放棄したようですが、相続放棄をしたことの連絡がC太に来ていませんでした。役所の方から相続人として空き家の管理をして欲しいということで,C太に連絡があってはじめて,今回の相続が判明しました。
弁護士事務所で遺産調査・相続人調査をしたところ,亡A男に目立った負債はないものの、預貯金もほとんどありませんでした。また,相続人もC太が最終相続人(次順位の相続人が居ない最後の相続人)で間違いなさそうです。
亡A男の資産としては,自宅建物と宅地くらいですが,宅地に価値はなさそうですし、売ろうとしても老朽化した家の解体費用でかなりの金額が持っていかれ、得られるものはほぼなさそうでした。
土地と家なら相続しようかなぁ……ともC太は考えていたようですが,遺産調査をしていても,証拠が残らないような個人間の貸し借りは調査から漏れる可能性があり,亡A男に負債が無いとは限りません。
さらに,近所の住人から聞いた話では,亡A男は晩年競馬にのめりこんでいたようで,悪そうな友人が何人も家を出入りしていたとの目撃証言もあり,個人から借金をしている可能性がありました。
遺産に負債があるリスクを考え,リスクを負ってまで買い手がつくかどうかわからない不動産を背負い込みたくないと考えを改めたC太は,相続放棄をして,亡A男の相続関係から離脱し,亡A男が残した空き家の面倒を背負わずに終わらせたいとの希望を弁護士に伝えました。
この点,法律では,C太は相続放棄をすれば、最初から相続人でなかったものとみなされることから(民法939条)、一件,C太の希望どおり,厄介ごとから免れるようにも見えます。
しかし,民法940条はつぎのように規定しています。
「相続の放棄をしたものは、その放棄によって相続人になった者が相続財産の管理を始めることができるようになるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。」
つまり,C太は,相続放棄しても,次順位相続人が居ない最終相続人である以上,空き屋についての管理義務を負うことが法律で定められているのです。
国が出した通達によれば,相続放棄者が負う空き家に対する管理義務は,後に相続人になる者等に対する義務であり,地域住民等の第三者に対する義務ではないとされています(国土交通省住宅局住宅総合整備課及び総務省地域創造グループ地域振興室平成27年12月25日付け事務連絡)。
とはいえ,万が一,管理不足のため,火事や災害により空き家が倒壊し,通行人や隣人等の第三者に被害が生じた場合,通達があったとしても,当該第三者が訴訟を起こす権利自体は制限されるものではないため,土地工作物責任や一般的な不法行為責任が成立するとして当該第三者から損害賠償の請求をされ,訴訟ごとに巻き込まれる可能性はあります。
C太は「亡A男と一緒に暮らしたことのある妻子は放棄して,面倒ごとから逃れることができるのに,亡A男と全然関わりの無かった私が,面倒を背負い込むなんて,どうにも納得できませんね。」と落ち込んでしまいました。
C太において,民法940条の管理責任を免れ,面倒ごとに巻き込まれない方法は,二つあります。
一つ目は,相続してしまい,相続人として不動産を売却してしまうこと。
二つ目は,放棄した後で,相続財産管理人選任申立をし,相続財産管理人において不動産を処理してもらうことです。
なお,放棄した上で,放棄者の管理義務として,不動産を売却することはできません。「管理行為」は民法103条の範囲(保存行為,権利の性質を替えない範囲での利用・改良を目的とする行為)に限られ,処分行為は含まれないと解されていますし,処分行為を行うと単純承認とみなされるおそれがあるためです(民法921条)。
二つ目の方法を検討する際に考えなければならないのは,C太が負う費用です。
相続財産管理人が選任されれば,C太は相続財産管理人に財産管理を引継ぎ,管理責任は消滅することになりますが,相続財産管理人への報酬が遺産から支払えないと見込まれるときは,報酬相当額を裁判所に予納しなければなりません。
20万円~100万円の予納金が必要となることがあります。
さらに,建物の取り壊し費用の予納も求められることがあります。
そんな折,たまたま,亡A男の近隣住人から,亡A男の土地が欲しいとの話が入りました。
更地にしてくれれば,800万円で土地を購入したいとのことです。
取り壊し費用についても,見積がとれ,200万円で取り壊しが可能となりました。
土地の売却費用から取り壊し費用や相続財産管理人の報酬が出る見込みが立ち,幸運にもC太は負担を負わず,相続財産管理人を選任する方法が取れることになりました。
相続放棄と聞いて、皆さんが想定する場面としては、「借金を多く抱えた親が死亡したときに3か月以内に裁判所に申し立てれば、親の債務を負わなくて良い」といった使い方かもしれません。
これは間違った理解ではありませんし、実際に親が多額の負債を負っていて、それが正の資産より多い場合、相続放棄を検討するのが良いと私もアドバイスを行います。
ただし,誤解してほしくないのは、相続放棄が遺産に係る厄介ごとすべての悩み事から解放してくれる制度ではないということです。
今回のC太のように,それまで関係の無かった被相続人の財産について,突然問題を抱え込むことも珍しくありません。
場合によっては,放棄せずに,相続した土地建物を売却或いは寄付等により手放すことで,より負担の少ない相続後の処理が可能になることもあります。
厄介そうな相続が舞い込んでしまったときも,なんとなく見聞きした法律知識で「放棄をすればよい」と即断せず,一度弁護士事務所にご相談いただければよいと思います。
おまけ
2023年4月1日から 相続放棄者の管理・責任(民法940条)が変更になります!
2021年(令和3年)に民法940条が改正され,2023年(令和5年)4月1日から施行されます。
2023年(令和5年)4月1日以降の相続放棄した者の管理義務の内容は,
①相続の放棄の時に現に占有している相続財産につき
②相続人(又は相続財産の清算人)に対して当該財産を引き渡すまでの間
③その財産を自己の財産と同一の注意をもって保存する
となりました。
改正法により,たまたま相続人になったけれど,遺産の不動産に住んだことも無いような相続放棄者には管理責任が生じなくなるため,相続放棄者の負担が減ることになりました。
※新民法940条
1項 相続の放棄をした者は,その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは,相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間,自己の財産におけるのと同一の注意をもって,その財産を保存しなければならない。
2項 第645条,第646条並びに第650条第1項及び第2項の規定は,前項の場合について準用する。